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東京地方裁判所 平成7年(合わ)39号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ懲役六年及び罰金一〇〇万円に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各五〇〇日をそれぞれその懲役刑に算入する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、被告人両名について金五〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人両名から、押収してある覚せい剤一三包(平成七年押第五三八号の一ないし六、八ないし一三及び三九)、同四袋(同押号の七及び一八ないし二〇)、大麻一〇包(同押号の一四、一五、二一、二四ないし二七、三七、三八、四七)、同三袋(同押号の二二、二三、三六)、コカイン一七包(同押号の一六、一七、二八ないし三五、四〇ないし四六)、あへん二包(同押号の四八、五〇)、同一袋(同押号の四九)、同一個(同押号の五一)及びLSD二一三七区画(同押号の五二)を没収する。

訴訟費用中、証人草野孝司、同乙、同丙、同甲、同毎熊繁行、同安藤皓章、同大下敏隆及び同草薙優に支給した分は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、共謀の上、みだりに、営利の目的をもって、平成七年二月七日、東京都豊島区上池袋〈番地略〉所在の○○○〈略〉号室において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶463.768グラム(平成七年押第五三八号の一ないし一三、一八ないし二〇及び三九は鑑定費消後の各残量)、大麻を含有する植物細片23.979グラム(同押号の一四、一五、二四ないし二七、三六ないし三八)、大麻を含有する樹脂状固形物71.173グラム(同押号の二一ないし二三及び四七は鑑定費消後の各残量)、麻薬である塩酸コカインの粉末557.672グラム(同押号の一六、一七、二八ないし三五、四〇ないし四六は鑑定費消後の各残量)、あへんを含有する黒褐色固形物224.609グラム(同押号の四八ないし五一は鑑定費消後の各残量)及び麻薬であるリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)を含有する紙片11.516グラム(二一七二区画、同押号の五二は鑑定費消後の残量)をそれぞれ所持したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

一  弁護人らの主張等

被告人両名及びその各弁護人は、本件公訴事実を全面否認し、併せて本件捜査手続には令状主義違反等の重大な違法があり、判示○○○〈略〉号室(以下、「本件居室」という)から発見された判示各薬物(以下、併せて「本件薬物」という)及びその各鑑定書はすべて違法収集証拠として排除されるべきであるから、いずれにしても被告人両名は無罪である旨主張するので、これらの点について判断する。

二  違法収集証拠の主張について

1  弁護人は、捜査官が、①平成七年二月七日に本件居室に対して行われた捜索差押(以下「本件捜索差押」という)手続に通訳を同行しなかったこと、②本件捜索差押の着手に際して捜索差押許可状を被告人両名に提示せず、かつ、本件捜索差押に被告人両名を立ち合わせなかったこと、③本件居室から発見したあへん及びLSDを令状によらず任意提出手続も行わないまま右薬物を一時保管名目で実質上領置したこと、④その後の板橋警察署における領置手続の際に被告人Aに対して右薬物の写真を示しただけで現物を示しておらず、書面の作成を拒否した同被告人に対して殴る蹴るの暴行を加えて任意提出関係書類を作成したことを理由に、右関係証拠は排除されるべき違法があると主張する。

2  関係証拠によれば、本件捜索差押手続等の経過について、次の事実が認められる。

(一) 警視庁板橋警察署司法警察員の毎熊繁行警部(以下「毎熊警部」という)は、平成七年二月七日東京簡易裁判所裁判官から、被告人Bに対する覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反被疑事件についての通常逮捕状(被疑事実は乙に対する覚せい剤及び大麻の譲渡)及び夜間執行許可の条件付きで本件居室に対する捜索差押許可状(被疑者及び被疑事実は右逮捕状に同じ〔同令状の被疑者の表記は、通称B'名〕、差し押えるべき物は「本件に関係ある注射筒、注射針、住所録、取引メモ、小分け器具、ビニールパケ、私製電話帳、名刺、手帳、日記、フロッピーデスク」)の発付を受けた。

(二) 毎熊警部ほか一一名の板橋警察署の捜査官(以下、その捜査官の内の一部を「毎熊警部ら」という)は、同日午後五時頃、右逮捕状による被告人Bの逮捕及び右捜索差押許可状に基づく捜索差押の実施のため本件居室に赴いたが、外からは静かで誰も在室している様子も窺えなかったので、暫く外で様子を窺っていたところ、同日午後七時四〇分過ぎ頃、被告人Aが本件居室入口から入るのを確認し、同人に続いて本件居室に入り込み、「警察だ」、「ポリス」と告げ、直ちに、右捜索差押許可状を同被告人及び本件居室内にいた被告人Bに示し、日本語でその意味を簡潔に説明した。

(三) 毎熊警部らは、引き続いて、その場で、被告人両名の身体の捜検をし、その後、同人らの立合いで、本件居室の捜索を開始し、ユニットバスの天井裏、八畳洋間のクロゼットやテレビの上、同所に敷かれた布団の側において、本件薬物を発見した。

(四) 毎熊警部らは、覚せい剤、大麻、コカインについては検査薬により予試験を行い、その薬物とそれぞれ同定した上で、被告人両名を右各薬物の所持の疑いで後述のとおり現行犯逮捕し、右各薬物を差し押さえた。

(五) 毎熊警部らは、右天井裏ないしクロゼット内から発見されたあへん様のものについては、そのにおいから、LSD様のものについては、警察内部資料で明らかな形状から右各薬物と考え、被告人両名に「これは何か」と日本語で質問したところ、同人から「紙」「LSD」「チョコ」「あへん」などと日本語による答えがあり、さらに、「誰のものか」と尋ねると、被告人Bからは「私のものでは無い」との答えを、被告人Aからは「預かったものだ」との答えを日本語で得た。しかし、毎熊警部らは、あへんについては当時予試験薬が板橋警察署に配布されておらず、LSDについては元々予試験薬がなかったことから、慎重を期して、その場で被告人両名を右二つの薬物の所持容疑で現行犯逮捕してそれらを差し押さえるのは差し控えた。また、通訳を同行しておらず、「あへん」「LSD」の発見が予想外で、任意提出書の用意も無く、その場で、その意味を理解させて任意提出書を同人らに作成させるのは難しいと判断し、同人らに対し、「これは警察の方で一応保管する」、「一時預かる」、「預かって鑑定に出すから警察の方で預かる」と告げた。これに対して被告人両名も無言ながら格別の不服も申し立てず、了解していた様子であったので、板橋警察署に持ち帰り、同署生活安全課長が保管責任者となっている証拠品保管箱に入れた。これら薬物の保管に関する格別の書類は作成されていなかった。

(六) 毎熊警部らは、被告人両名を、あへん、LSDを除く本件薬物の共同所持で同日午後九時七分現行犯逮捕し、その直後、被告人Bに対する前記通常逮捕状に基づき同被告人を逮捕した。そして、板橋警察署に引致後、電話を使ってペルシャ語の通訳人を介し、被告人両名から弁解録取を行ったが、電話を使った通訳では書類の説明が困難なので、あへんとLSDの任意提出の説明と書類の作成は求めなかった。

(七) 毎熊警部らは、同月八日、被告人両名の取調べと差し押さえた分の本件薬物の整理を行い、その身柄については、同日午後五時までには、それぞれ留置先である巣鴨警察署と王子警察署に送った。同月九日は、被告人両名を検察官に送致し、同月一〇日には、勾留質問のために東京地方裁判所に送ったので、右両日は被告人両名の身柄を伴う捜査ができなかった。

(八) 毎熊警部らは、同月一一日、被告人Aに対して、同月八日に撮影していた本件あへんとLSDの写真を見せた上、通訳人を介して、「部屋にあったあへんとLSDを提出してもらう。薬物ではないかどうか鑑定してもらう。もし禁制品であれば持っていることはできない」と説明し、その旨の承諾を得て、同日付けの任意提出書、所有権放棄書、鑑定承諾書を作成させた(なお、被告人Bは、あへんやLSDは被告人Aのものだとして任意提出書等を作成しなかった)。

(九) 右あへんやLSDは、同月一三日鑑定嘱託に付され、LSDは同月二三日あへんは、同月二七日にその余の本件薬物と共に判示の薬物であるとの正式鑑定結果が出た。

3 右事実を前提に、以下、本件捜索差押手続の適法性の有無及び本件薬物ないし鑑定書等の証拠能力を検討する。

(一)  本件捜索差押に通訳人を同行しなかったことについて

右捜索差押の手続において被告人らに通訳人が介在していなかった事実が認められるが、我が国の法制度上、捜索差押段階で通訳人の介在を要求している規定はない。従って、通訳人が右手続に介在しなかったとしても、これを直ちに違法と評価することはできない。実際に、通訳可能な捜査官が確保されていたり、その他の通訳人の確保が可能かつ容易な場合であるのに、通訳人を用いないことは、外国人の権利保護に欠け、適正手続の理念に違反するとの観点から違法と評価される場合もあり得ると考えられる。この観点から本件を吟味すると、薬物犯罪の捜査においては、捜索差押許可状発付後直ちに捜索差押えを実施しなければ証拠物の散逸等のおそれが高く、そのような事態に至った場合には犯罪の摘発と真相の解明が極めて困難になるという現実が存在するところ、ペルシャ語の通訳人が限られていたことや、被告人らの理解できる他の使用言語をあらかじめ調査もできないといった当該警察の捜査状況から、早急な実施が必要であった本件捜索差押に間に合うように、通訳人を確保し、捜査に協力してもらうことは不可能に近い困難な事情であったと認められる。また、被告人両名は、何年かの在日経験(被告人Aは、平成四年三月入国以後日本で稼働していると供述し、被告人Bは平成三年六月から平成五年四月まで日本に滞在して稼働し、一旦帰国した後、平成六年七月再度来日した旨供述している)が認められ、捜査官からの本件薬物の種類や所有関係についての質問に対して日本語によりほぼ的確に応答しており、また、後述のとおり、甲らとも日本語を使って話をして薬物のやり取りをしていたことに照らすと、日常会話程度の日本語の会話能力を有していたと認められ、被告人両名にこの程度の日本語の理解力があった観点からしても、通訳を同行しなかったことが本件捜索差押手続に何ら違法をきたすものではないことが明らかである。

(二) 捜索差押手続の際の令状の呈示と被告人両名の立会の有無について

本件捜索差押を実施した草野証人及び毎熊証人の各供述(公判調書中の供述部分を含む)によれば、前記2(二)ないし(五)に認定したとおり、毎熊警部らは、被告人両名に対して入室後に捜索差押許可状を呈示した上、同人らを立ち合わせて捜索差押を行っていることは明らかである。弁護人らは、捜索差押手続の当初は被告人Aは本件居室の外にいて中にはいなかったし、右令状は捜索差押手続の終わり際に被告人両名に示されたと主張し、被告人両名もこれに沿う供述をしている。しかしながら、当時の捜索差押手続の状況を写真撮影した写真撮影報告書(甲五一)に照らすと、被告人両名に対して右許可状を最初に呈示することや被告人Aを居室内に入れることが、捜査官にとって困難であったり、不都合であったことを窺わせる事情は見当たらない。また、本件捜索は、本件居室のようなワンルームマンションで、被告人両名のみがいる現場で行われたものであり、そのような状況において、毎熊警部らが敢えて右令状の呈示を怠ったり、被告人らを立ち合わせないとしなければならない特段の事情は考えられないところである。被告人両名のこの点に関する供述は、不自然、不合理で信用できない。したがって、これらの点について、本件捜索差押手続に違法は認められないと判断される。

(三)  本件居室でのあへん及びLSDの領置手続等について

前記2(五)で認定したところによれば、被告人らは、毎熊らの「これは何か」との質問に対し、あへんやLSDなどと日本語で答えている。そして、被告人らに対し、毎熊らが、鑑定のために預かると述べ、現場で占有取得したことに対し、無言で、何ら異議苦情の申立はもとよりその素振りすら示していないから、毎熊らが本件あへんやLSDの占有を取得した過程は、被告人らが現場で任意に提出し、警察の領置がなされたものとして適法であったと判断できる。後に、通訳人を確保して、四日後になされた任意提出、領置の手続は、現場での任意提出の実体を書類で確認したものにすぎない。

さらに念のため付け加えれば、本件では、前記捜索差押許可状に基づき適法に捜索が実施されたところ、あへん、LSDと同時に同じ居室内の場所や浴室の天井裏等で発見され、その現場で試薬にかけられて陽性反応の出た覚せい剤、大麻、コカイン所持の罪で被告人両名がそれぞれ現行犯人逮捕されている。この場合には、被告人らは、正当なプライバシーの保護を期待できる場合でないことが明らかである。このような場合、本件薬物の所持態様からして、これらは、観念的競合の一罪として判断される場合でもあるから、本件薬物全体を一括して現行犯人逮捕することが実体にも合致しているものである。本件では、右あへんとLSDにはその試薬がなかったので警察官が慎重を期して、被告人らを現行犯人逮捕していない。しかし、警察官らは、事前に体得していた知識、経験から、あへんについてはその匂い、LSDについてはその特殊な形状から法禁制薬物であることを理解していた。このような場合、被告人らの前記発言をも資料として、現行犯人逮捕することが可能と言うべきである。また、試薬で判明した禁制薬物のみで現行犯人逮捕して、あへん、LSDを緊急押収することが現行犯人逮捕に伴うものと評価でき、別途の令状は不要で何ら違法では無いと解される。いずれの観点からしても、違法は無く、右あへんとLSDを証拠とすることができ、弁護人らの右主張は、採用できない。

なお、弁護人らは、板橋警察署で行われたあへん及びLSDの領置手続の際に捜査官が書面の作成を拒否した被告人Aに対して殴る蹴るの暴行を加えたと主張し、被告人Aもこれに沿う弁解をしている。右領置手続が、既に本件居室で適法になされた領置手続を書類で確認したものに過ぎないことは前述のとおりであって、板橋警察署で行われた書類作成手続がどのようなものであったにせよ、そのこと自体が右薬物等の証拠能力には影響を与えないものと解される。しかしながら、後記のとおり、捜査段階での被告人両名の供述の任意性等にも関連するところであるので検討を加えると、前記2(八)のとおり、捜査官が被告人Aに対して作成を求めた書面は、任意提出書、鑑定承諾書及び所有権放棄書である。これらの書面は、本件居宅から発見されたあへん及びLSDを捜査機関が領置することを認めること、右薬物の鑑定を認めること、右薬物の返還を求めないことをそれぞれ内容とするもので、J社長から預かったものであるとする被告人Aの弁解内容(領置手続のとられる前の二月九日に検察官に対して既に薬物をJ社長から預かったことを認める供述をしている。なお、公判廷においては「J社長が勝手に置いていったものである」との弁解をしている)からすると、右書面はいずれも被告人Aに何ら不利益をもたらすものではないから、被告人Aが作成を拒否して捜査官から暴力を加えられるとは考えられない。また、関係した捜査官は、同被告人に暴行を加えたことはないと供述し、その供述に疑念を抱かせる特段の事情は認められない。したがって、被告人Aの弁解は信用できず、同人が作成を拒否したところ捜査官から暴行を加えられたという事実は認められない。

4  以上検討したところによれば、本件薬物等に証拠能力が認められることは明らかで、証拠排除するべきである旨の弁護人らの主張は採用できない。

三  被告人両名の本件薬物所持の有無について

1  本件薬物の保管状況

関係証拠によれば、本件捜索差押当時の本件居室内での薬物の隠匿状況等に関しては、次の事実が認められる。

(一) 本件居室は、いわゆるワンルームマンション形式であるが、その居間には二組の布団が敷かれており、その布団の側に置かれていた封筒の中に覚せい剤が、居間内のテレビの上に置いてあった小銭入れの中に覚せい剤、大麻葉片及びコカインがそれぞれ入っており、また、クローゼット内にあへんとLSDが、ユニットバスの天井裏に覚せい剤、大麻樹脂、大麻葉片及びコカインがそれぞれ隠匿されていた。

(二) 本件薬物は、合計で、覚せい剤が四六三グラム余、大麻葉片が二三グラム余、大麻樹脂が七一グラム余、コカインが五五七グラム余、あへんが二二四グラム余、LSD二一七二区画と、多種類に及び、かつ多量である。

そして、各薬物の保管・隠匿形態をみると、右のとおりの布団の脇の封筒の中と、テレビの上の小銭入れの中には、約0.46グラムから約0.58グラムに小分けされ、紙片に包まれた覚せい剤(ただし、小銭入れ内のものは、さらに黒色ビニール片に包まれている)が各六包ずつ入っており、また、右小銭入れの中には、約0.42グラムと約0.65グラムに小分けされ、紙片に包まれ、さらに銀紙に包まれた大麻葉片が二包、約0.35グラムと約0.34グラムに小分けされ、右大麻葉片と同様に包まれたコカイン二包が入っていた。ユニットバスの天井裏からは、約0.32グラムから約0.53グラムに小分けされ、紙片に包まれ、さらに銀紙に包まれたコカインが八包、約0.7グラムから約0.84グラムに小分けされ、右と同様に包まれた大麻葉片が七包あった。本件居室内で発見されたあへんのうちの二つは、約二九グラムのものである。なお、ユニットバスの天井裏には、銀紙に包まれた一〇〇グラム前後のコカインが五包、二七グラム前後のコカインが二包あった。

(三) また、本件捜索差押の際には、本件居室から、本件薬物のほかに、秤一個、電子計(量器)一個、注射器(未使用の多数のものがラップに包まれたもの)二包、アルミホイル三箱、洋白半紙一袋なども一緒に発見されている。

2  従前の被告人両名の薬物密売への関与等

被告人両名と薬物の関わりについて、関係者は以下のとおり供述している。

(一) 証人甲

被告両名とは、平成六年九月ころ知り合い、当時同人らが住んでいた高島平の△△△〈略〉号室に出入りするようになった。△△△の部屋には、覚せい剤、大麻、コカイン、LSDがあり、電子計量器も置いてあった。被告人Bが大麻を切ったり、コカインを砕いたりしていたのを見たことがある。被告人両名から携帯電話を借りるに際して名義を貸したりしたことの謝礼として薬物を分けてもらったこともある。被告人両名から上池袋の○○○というマンションを借りたという話を聞いたことがある。

(二) 証人乙

平成六年一二月上旬に甲らと高島平の△△△〈略〉号室に行ったとき、被告人両名と知り合った。その時、私は被告人Bから覚せい剤をもらってその場で吸い、甲と被告人Aはあへんを吸った。その後、一二月中は一日おき位の割合で甲と右居室に出入りした。右居室の押入に覚せい剤、大麻、あへん及びコカインがあり、被告人Bが覚せい剤や大麻を小分けしているのと見たことがある。右部屋には頻繁に電話がかかってきて、電話に出た被告人両名が「何が欲しい」、「いくら欲しい」、「あなた誰か」、「ロイヤルホストの駐車場に着いたら電話して下さい」などと話しているのを聞いたり、被告人Bが覚せい剤や大麻を持って出かけるのを見て、被告人両名が薬物の密売をしているのが分かった。甲も、被告人両名の手伝いで、高島平のロイヤルホスドの駐車場に薬物を届けたりしており、その際、甲が戻ってきてから右居室で被告人両名にお金を渡しているのを見たことがある。私は、同月二四日、被告人Aと車で右ロイヤルホストの駐車場に行き、そこで同被告人から頼まれてラップに包まれた大麻を見知らぬ男二人に渡し、さらに、同被告人から部屋を貸してくれると言われ、その足で一緒に上池袋の○○○の部屋(部屋の番号は分からない)を見に行ったことがある。平成七年一月上旬、甲から頼まれて、前記ロイヤルホスト駐車場で被告人Bと会い、同人と一緒に前記○○○の部屋に行き、同人からクロゼットの中にあった紙包みから覚せい剤五グラムを分けてもらった。同月二四日には、甲と二人で前記ロイヤルホストの駐車場に行き、そこで被告人Bから覚せい剤と大麻をもらった。

(三) 証人丙

平成七年一月、江古田のマンションで、被告人B、乙、甲らと一緒にコカインを使った。このコカインは、同被告人が持ってきてくれたものである。同月三一日、あへんを買おうと、被告人Bの携帯電話に電話して板橋駅西口で会った。そこで同人を自分の車に乗せ、そこから同被告人の指図に従って車で五分ほど走ったところで同被告人を下ろし、一〇分くらい経って戻ってきた同被告人を再度車に乗せ、同被告人から結局覚せい剤を四袋二万円で買った。覚せい剤にしたのは、あへんが高かったからである。

右各証人は、いずれのも既に自己の薬物に関係する刑事事件については裁判を受けており、被告人両名との交際状況から見ても、被告人両名を陥れるような動機も認められず、ことさら虚偽の供述をするおそれがあるとは考えられないところであって、各供述内容は詳細かつ具体的で臨場感に富む自然な内容でその信用性は高いと認められる

3  被告人Aの捜査段階での供述

被告人Aは、本件薬物との関係等について、検察官に対する供述調書(乙一三、一四)では以下のとおり供述している。

(一) 日本のやくざと思われるJまたはJ'という名前の社長(以下、単にJ社長)という)が金を出してくれ、昨年(平成六年)一二月下旬、高島平の△△△〈略〉号室から本件居室に移り、以後、同所で、被告人Bと一緒に住んでいたが、本件居室の鍵は、合鍵を作り被告人両名とJ社長が別々に所持していた。

(二) 入居して間もなく、今年(平成七年)一月初旬ころ、J社長が、本件居室にやってきて、ユニットバスの天井裏に大量の覚せい剤や電子計量器、注射器五〇本から六〇本を隠していき、私と被告人Bは、J社長の指示で、電子計量器を使って、右覚せい剤を小分けし、0.5グラムのパケと一グラムのパケを作った。

(三) さらに、その一〇曰くらい後、私は、J社長からコカインを預かり、その指示に従って、被告人Bと右コカインを小分けし、0.3グラムのパケと0.5グラムのパケを作った。

(四) その三、四日後、J社長からあへんと大麻葉片を本件居室に持ってきて、その指示に従い、被告人Bと一緒に、一グラムずつに小分けする作業を二、三回していたが、あへんについては小分けしていなかった。

(五) その後、私が、池袋のレストランでJ社長から大麻樹脂を受け取って本件居室に持ち帰り、被告人Bと一緒に、右大麻樹脂を包丁で切って小分けし、二月に入ってからは、LSDもJ社長から預かるようになった。

4  被告人両名と本件薬物との関係の検討

そこで、被告人両名と本件薬物との関係について検討する。

(一) 本件薬物の保管隠匿状況は、前記のとおり、覚せい剤、コカイン及び大麻葉片の各一部が、ほぼ等量に小分けされていた上、これら小分けされたものがユニットバスの天井裏に隠匿されているとともに、その一部は、洋間に敷かれた布団のそばとテレビの上の二か所に無造作に置かれ、本家居室に立ち入り、ここを使用していた者の目にたやすく届き、これらの者が手にすることができる場所にあったというものである。さらに、本件居室内からは、前記のとおり、本件薬物とともに、薬物の小分けに使用されることが考えられる秤、電子計(量器)、アルミホイル、洋白半紙や、覚せい剤を小売する場合に一緒に売られることもあり得る注射器多数が発見されている。以上によれば、本件薬物は、密売のために本件居室内に隠匿されていたものであることは明らかである。

そして、前記関係者の供述によれば、被告人両名は、遅くとも平成六年一二月上旬ころには、高島平の△△△で本件薬物と同種の法禁制薬物の密売に関わるようになっていたところ、概略、被告人Aは平成六年一二月下旬ころ、被告人Bは平成七年一月上旬ころには本件居室にそれぞれ出入りするようになったものと認められる。

以上のとおり、従前から法禁制薬物の密売に関わっていた被告人両名が出入りするようになった本件居室に、本件薬物が密売のためにそれに関連する物とともに隠匿保管されており、本件薬物の一部は、被告人両名が手にすることもできる状態で保管されているところ、被告人両名が本件薬物と全く無関係であれば、第三者が、被告人両名が利用する本件居室に右のような形態で本件薬物を置いていく訳がないし、密売により多額の不法利益が見込まれる以上、無価値な物として放置、放擲されることも考え難い。加えて、前記乙の供述によれば、被告人Bが、本件居室と推認される部屋において、乙に対し、クロゼット中にあった覚せい剤の一部を分け与えていると認められることをも総合すれば、被告人両名が共謀の上、密売のために本件薬物を隠匿所持していたことは優に推認できる。

(二)(1) これに対し、被告人Aは公判廷において、J社長と池袋でレストランを開くために本件居室を借りたものであり、同人から本件薬物を預かったことはなく、本件薬物はJ社長が自分の知らないうちに持ち込んだのかもしれないが、警察官の暴行で虚偽の調書が作成され、かつ通訳人の通訳に問題があったので右真実が捜査段階の調書に書かれていない旨弁解し、弁護人も、同被告人の公判廷での弁解に反する捜査段階での供述は任意性がない旨主張する。

しかしながら、被告人Aの司法警察員及び検察官に対する各供述調書並びに裁判官の勾留質問調書のいずれもが、被告人A自身の本件薬物の所持を認める内容となっているところ、警察官や検察官の取調べ及び裁判官の勾留質問の際に立ち合った通訳は多数(警察官の取調べで五名、検察官の取調べ及び裁判官の勾留質問で一名)おり、いずれの通訳人も、被告人両名の薬物との関わりという重要な事項について同じ内容の誤訳をしていたとは考え難い。また、被告人Aの弁解どおり、同被告人が容疑を否認していたにもかかわらず、通訳人の誤訳により自白していた内容の調書が作成されていたのであれば、取り調べた警察官は被告人が自白したものと誤信する理屈になるのであるから、被告人Aに暴行を加える必要などないはずであって、警察官の取調べにおいて暴行を受けたという被告人Aの弁解は不自然で首尾一貫しない。したがって、被告人Aの捜査段階での供述に任意性に欠けるところはないと判断される。また、J社長とレストランの共同経営の話が出ていたので本件居室を借りたというが、J社長の素性については良く知らないなど不自然である。また、本件薬物はJ社長が自分の知らないうちに持ち込んだのかもしれない旨の弁論も、被告人両名が本件薬物と全く無関係であるのであれば、そのような行動がなされる理由が考えられないし、本件薬物の前記隠匿占有状況からしても、右弁解は不自然で信用しがたい。これに対して、捜査段階の供述は、本件薬物所持への関与を自認する点において特段不自然なところはなく、本件薬物と無関係であるとの被告人Aの公判廷における弁解は信用することができない。

(2) 被告人Bも、当公判廷において、本件薬物が本件居室にあったことは知らなかったとしてその所持を否認している。

しかし、前述のとおり、甲証人らの供述によれば被告人Bはこれまで、被告人Aと共に多種多量の薬物を扱い、甲らに対しても薬物を譲渡したことが明白である。被告人Bは当公判廷において同事実を否認しているが、捜査段階では、右甲らに薬物を渡したことを認め(同被告人の検察官に対する供述調書〔乙三〇〕)、右甲らの供述に沿う供述をしている。また、被告人Bは、検察官の取調べにおいて、覚せい剤、大麻葉片及びコカインを本件居室において被告人Aと共同所持していたこと自体は否認するものの、被告人Aが覚せい剤とコカインを小分けするのを手伝っていたことを認め(前同調書)、右取調べの翌日に行われた裁判官による勾留質問においても、コカイン以外の薬物(覚せい剤及び大麻葉片)についてはその所持を認める供述をしている。同被告人は、捜査段階で右の通りの供述調書等が作成された理由として、通訳人の通訳が理解できなかったとか、警察の取調官から脅かされたからであると説明し、弁護人も、これら捜査段階での供述には任意性がない旨主張する。しかし、通訳人の語学力を問題とする弁解が採用できないことは前述のとおりであり(被告人Bに対する警察での取調べに立ち会った通訳人は六人いる)、警察で取調官から脅かされたという弁解については、裁判所の勾留質問がなされた二月一〇日までの時点では、捜査官から何らの暴行がなされていなかったことは同被告人が公判廷で認めるところであって、右のとおりの検察官の取調べ及び裁判官の勾留質問の際の供述に警察官からの暴行による影響がなかったことは明らかであるうえ、また、被告人Bを取り調べた警察官らの証言によれば、被告人Bに暴行、脅迫がなされた事実及び通訳人の通訳が不完全で意思疎通に支障があった事実のいずれも認められず、捜査段階での供述に任意性が欠けるところはなかったと判断される。本件薬物の所持の点の公判廷における被告人Bの弁解についてみても、本件居室の居間のテレビの上に置かれていた薬物や自分が寝ていた寝具の側に置かれていた薬物についてすら気が付かなかったなどと供述しているが、その現場の状況に照らせば、その供述は不合理で不自然極まり無い。さらに、被告人Bは、被告人Aが池袋でレストランを開くため本件居室を借りたものでおると公判廷で供述しているが、この供述は、公判廷において、被告人Aがこのような供述をした後に初めて同じ趣旨の供述をしたものであり、右供述を始めた経緯からして、被告人Aに追随して供述したに過ぎないと認められるような曖昧なものであって根も葉も無い虚偽の弁解と判断される。

(3) 以上のとおりであって、本件薬物が本件居室に隠匿されていたこと自体知らなかった旨の被告人両名の公判廷での弁解はいずれも信用できず、本件薬物との関わりを自認する捜査段階での供述の信用性は揺るがないと判断される。

5  結論

以上に検討したところによれば、被告人両名が、本件居室において、営利の目的で本件薬物を所持していたと優に認められ、弁護人らのこの点における主張も採用できない。

(法令の適用)

※以下の「刑法」は平成七年法律第九一号による改正前の刑法を示す。

被告人両名の判示各所為のうち、覚せい剤の営利目的での所持の点は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項に、大麻の営利目的での所持の点は刑法六〇条、大麻取締法二四条の二第二項、一項に、あへんの営利目的での所持の点は刑法六〇条、あへん法五二条二項、一項に、麻薬(コカイン及びLSD)の営利目的での所持の点は包括して刑法六〇条、麻薬及び向精神薬取締法六六条二項、一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で四個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い覚せい剤の営利目的所持の罪の刑で処断することとし、情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人両名をいずれも懲役六年及び罰金一〇〇万円に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中各五〇〇日をそれぞれその懲役刑に算入し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、刑法一八条により被告人両名について金五〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置し、押収してある覚せい剤一三包(平成七年押第五三八号の一ないし六、八ないし一三及び三九)、同四袋(同押号の七及び一八ないし二〇)はいずれも判示の罪に係る覚せい剤で犯人である被告人両名の所持するものであるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文により、大麻一〇包(同押号の一四、一五、二一、二四ないし二七、三七、三八、四七)、同三袋(同押号の二二、二三、三六)はいずれも判示の罪に係る大麻で犯人である被告人両名の所持するものであるから、大麻取締法二四条の五第一項本文により、コカイン一七包(同押号の一六、一七、二八ないし三五、四〇ないし四六)及びLSD二一三七区画(同押号の五二)はいずれも判示の罪に係る麻薬で犯人である被告人両名の所持するものであるから、麻薬及び向精神薬取締法六九条の三第一項本文により、あへん二包(同押号の四八、五〇)、同一袋(同押号の四九)、同一個(同押号の五一)はいずれも判示の罪に係るあへんで犯人である被告人両名の所持するものであるから、あへん法五四条一項本文により、これらを被告人両名から没収し、訴訟費用のうち証人草野孝司、同乙、同丙、同甲、同毎熊繁行、同安藤皓章、同大下敏隆及び同草薙優に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人両名にその二分の一ずつを負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、被告人両名が、営利の目的でマンションの居室に覚せい剤四六三グラム余、大麻葉片二三グラム余、大麻樹脂七一グラム余、コカイン五五七グラム余、あへん二二四グラム余及びLSD二一七二区画などの多種、多量の禁制薬物を隠匿所持していた事案である。被告人両名はこれらの薬物を密売目的で所持していたことから、本件犯行が発覚しなければ、これらの多種多量の薬物が社会に拡散して多大の害悪を及ぼした危険があったと考えられ、まず、この点に強い非難が向けられるところである。本件犯行は、偶発的なものでは無く、以前から営業的に、利益を得ていた延長線上のもので、その犯行態様は悪質である。被告人両名は、公判廷において、本件犯行を否認し不自然で不合理な弁解を重ねており、反省の態度に乏しい。また、この種薬物事犯については一般予防の必要性が高いことや被告人両名の日本における右生活状況などを考慮すると、被告人両名の刑事責任は重大であって、厳罰に処すべきである。他方、被告人両名には我が国での前科がないこと、それぞれ長期間身柄を勾留されていること、被告人両名には本国でその帰りを待つ家族のいることなど、被告人両名のために酌むべき事情も存するところである。

当裁判所は、これら一切の事情を総合考慮して、被告人両名を主文の刑に処するのを相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人両名とも 懲役八年及び罰金二〇〇万円・各薬物没収)

(裁判官阿部浩巳 裁判官飯畑勝之 裁判長裁判官大谷吉史は転補のため署名押印ができない。裁判官阿部浩巳)

別紙写真〈省略〉

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